妙立寺さんにあった良い言葉

今日は布教区の総会で、熱海の妙立寺さんにお参詣させていただきました。
お寺の中にとても良い言葉が飾ってありましたので、それを(勝手に)ご紹介させていただきたいと思います。合掌

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辛い日にはお題目
悲しい日にはお題目
苦しい日にはお題目
笑えない日にはお題目
ほんとの笑いになるように

嬉しい日にもお題目
楽しい日にもお題目
幸せの日にもお題目
笑へなくなる日の来ぬように
ほんとの笑いになるように
ほんとの笑いになるように

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ありがとう
良い言葉です

ありがとう
嬉しくなる言葉です

ありがとう
幸せになる言葉です

信者はいつも
ありがとうございます
いつも いつも

せまい量見をすてよう

開導日扇聖人ご教歌
考へて悟る位の法なれば 御題目はいらぬもの也

もう少し信心が判ったら、得心したらご奉公しますという人がいるが、凡夫の知恵で奥底の見極められるようなものなら、お祖師さまのような宗教的天才が命がけで修行なぞなさる訳がありません。

自分のせまい量見をすててお寺に近づき、口唱に励めば今よりももっと幸せになれるのだとお示しのお歌です。

昔の講談本に剣術の伝書盗みの話がのっていますが、こんないいかげんな話はありません。事実、現存している免許皆伝書を見れば、「浮舟」口伝、「松影」口伝といった具合で、全ての技は、師匠から弟子に口伝の形で伝えられています。近世の剣豪山岡鉄舟の道場春風館の免許皆伝は7日7夜、僅かな不浄の休憩と、一滴の粥を啜るだけで何百人もの精鋭と立ち合いをし、文字通り生き残ったものが得られたとのことです。つまり精魂つきたところ、理外の理で無意識に行う動作の中に剣の妙が生まれるということでしょう。

剣の道でさえそうなのですから、信心の道は尚のことです。理屈ばかり言っていてうまくいく道理がありません。

世間で苦しんでいる人の中には、自分よりはるかに賢い人が大勢います。つまり人の力だけでは幸福を永久にまもり通すことができない証拠の1つでもある訳ですから、小我をたてず、参詣に口唱に励みましょう。  (前進 昭和58年2月号より)

rittteoeww

In The Fall

以前にご紹介した“人間の欲を全て写し出した「世界一笑えない」3分間のアニメ”と同じ作者が作った(と思われる)「In The Fall」という動画を見つけました。これもどうにも笑えない微妙な作品で、良かったらご覧くださいませ。合掌

その女性は何をしても続かない人でした。

今回は、ネットで見つけた良い話をご紹介いたします。いいな♪と思ってコピペしておいて随分長らくほったらかしにしていたので…元々のリンク先はわかりません。あしからず…

その女性は何をしても続かない人でした。

~中略~

彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために、スーパーへ出勤していきました。

ところが、「2,3日でいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。
「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるかを指が覚えていた。そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった」

彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。
「そうだ。私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。

レジは商品毎に打つボタンがたくさんあります。
彼女はまずそれらの配置をすべて頭に叩込むことにしました。

覚え込んだらあとは打つ練習です。彼女はピアノを弾くような気持ちでレジを打ち始めました。そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。

すると不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。

最初に目に映ったのはお客さんの様子でした。
「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」
とか、いろいろなことが見えるようになったのです。それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。

相変わらず指はピアニストのように、ボタンの上を飛び交います。そうしていろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。

「この人は安売りのものを中心に買う」とか
「この人はいつも店が閉まる間際に来る」とか
「この人は高いものしか買わない」
とかがわかるのです。

そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5000円もするお頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ持ってきたのです。

彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。
「今日は何かいいことがあったんですか?」

おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。
「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。いいだろう、このタイ」と話すのです。

「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。

お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、これがきっかけでした。いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。

「○○さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ」などと言ってあげるようになったのです。

レジに並んでいたお客さんも応えます。
「いいこと言ってくれたわ。今から換えてくるわ」
そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。

彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。そんなある日のことでした。

「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。

すると、店内放送が響きました。
「本日は大変混み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」

ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。
「本日は混み合いまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください」

そして3回目。同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき。周りを見渡して驚きました。どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。

店長があわてて駆け寄ってきます。そしてお客さんに
「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言った、その時です。

お客さんは店長に言いました。
「放っておいてちょうだい。私はここへ買い物に来てるんじゃない。あの人としゃべりに来てるんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだ」

その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました

お客さんが店長に言いました。
「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。だからこのレジに並ばせておくれよ」

彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。

それから、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わりました。彼女から教えられたスタッフは、仕事の素晴らしさを感じながら、お客さんと楽しく会話していることでしょう。

仏教説話「カメと白鳥」

今回は、仏教説話の中より「カメと白鳥」というお話をご紹介いたします。

ヒマラヤの山の池に1ぴきのカメが住んでいました。このカメは大変おしゃべりがすきでした。あまりにもおしゃべりだったので、ついにだれもカメのあいてをするものはいなくなってしまいました。

ある時、この池に2羽の白鳥が エサをもとめてやってきました。
カメは大喜びで白鳥に声をかけました。
「こんにちわ、白鳥さんたち。今日はどうして、この池にこられたんですか?」
白鳥 たちは、カメに答えました。
「じつは、エサをさがして、山の上をとんでいたのですが、ちょうど、おいしそうな魚が泳いでいそうなこの池をみつけたので、降りてみたんです。」
「それは、ちょうどよかった。この池には白鳥さんがすきな魚がたくさんいます。 ゆっくりしていらしてください。」
白鳥はよろこんで、さっそく魚をとりはじめました。
 
やがて、白鳥たちはおなかいっぱいに魚を食べ、身繕いをはじめました。カメは、白鳥たちにさっそく話をきりだします。
「ぼくはいつもこの池でひとりぼっちです。人と話をしたいのだけども、返事をしてくれるひとはだれもいません。どうかときどきこの池にきて、話し相手になっていただけませんか?」
気のいい白鳥たちは、こころよくカメのおねがいを聞くことにしました。

その日いらい、2わの白鳥はこの池にやってくるようになりました。
「あのね、白鳥さん…それでね、白鳥さん…」
白鳥が池にやってくると待ちかまえたようにカメは話しはじめます。この池でおこったこととか、それはもうなんでもかんでもです。白鳥たちは、おちついてろくにエサも食べることができません。しかし、白鳥たちは、がまんして、しんぼうづよく、カメの話をきいてやっていました。

ある日、カメはめずらしく、自分ばかり話すのではなく、白鳥にたずねました。
「ところで、白鳥さんたちは、どんなところに住んでいるのですか?」
「私たちは、チッタクータ山の 金色のほら穴に住んでいるんです。それはもう、ほんとうにきもちのよいところです。このヒマラヤ山の中では1番です。」
「いいなぁ。ぼくもそんなきもちのいいとこに行くことができたらなぁ。」
カメはほんとうにうらやましそうな顔をして言いました。

「それならカメさん、いっしょに行きましょうよ。」
「でも、ぼくには白鳥さんのように空をとぶことができません。とてもそんな遠いところへは・・・。」
「だいじょうぶですよ。わたしたちがカメさんを運んであげます。」
それをきいて、カメの顔はパッと明るい笑顔になりました。
「白鳥さん、ありがとう。ぜひおねがいします。」

白鳥たちは、どこからか1本の棒きれをさがしてきて、カメに言いました。
「いいですか、カメさん。1つ約束してください。私たちがあなたを運ぶあいだ、けっして口をひらかないでください。」
「わかりました。ぜったい口をひらきません。」
カメは真剣な顔で答えました。

白鳥たちは、カメにひろってきた棒きれのまん中をくわえさせ、自分たちは棒きれのはしをそれぞれくわえます。やがて強い風が吹いてきました。白鳥たちが、翼をいっぱいひろげたとき、カメと白鳥たちは、空たかく舞い上がりました。 カメははじめて空を飛ぶよろこびで、おもわず声をあげそうになります。でも、白鳥たちとの約束を思い出し、ぐっと声をのみこみました。
「あぶない、あぶない、もうちょっとで口をひらくところだった。」
カメは心のなかでそっとつぶやくのでした。

カメと白鳥たちはぐんぐん飛び続けました。下には、小さくみえる村や畑がどんどん過ぎ去っていきます。やがて、ベナレスの王様の御殿の上にさしかかったとき、御殿のそばでは、村の子どもたちがあそんでいました。ひとりの子どもが白鳥たちをみつけて、
「あれっ、なんだ。」
その声をきいて、ほかの子どもたちも空をみあげます。
「あっはっは、なんだあれは。カメが白鳥のくわえた棒きれにぶらさがっているよ。」
「あっはっは、なんて、へんてこな、かっこなんだ!」
子どもたちは、大笑いしながら、はやしたてました。

その子どもたちの声が、カメの耳にとどきました。
「この悪ガキどもめ、やさしい白鳥さんがぼくのため、いっしょうけんめい飛んでくれているというのに!」
カメがおもわずそう叫ぼうとして口をひらくと・・・。ひゅるるるる~ん!!
カメは口をひらいて、くわえていた棒きれをはなしてしまったものですから、高い高い空から落ちてしまいました。

カメが落ちたところは、王さまの御殿の庭でした。御殿は大騒ぎです。
「うわぁ、空からカメがおちてきた。甲羅が割れてまっぷたつだ。」
「なんのさわぎだ。」
王様は相談役の菩薩とやってきて、体が割れて死んでしまったカメをごらんになりました。
「これはいったいどうしたことだ。どうしてこんなカメがそらから落ちてきたんだろう?」

菩薩は神通力で、なぜこうなったのかを知り、王様にわけを話しました。
そしてこう言葉を続けました。
「カメはしゃべってはいけないときに、我慢できず口をひらき、そしてとうとう死んでしまいました。口数が多く、まわりのことを考えずに、おしゃべりするととんでもないことになるのです。」

王さまは、ボーディサッタのことばをしっかりと心のなかに刻み込むのでした。

キース・ジャレット 「Over the Rainbow」

今日は、1日お寺から出れないので、境内の掃除や炭焼きの実験でもしようと思っていたのですが、この雨ではちょっと外の作業はできません。仕方がないので大好きなキース・ジャレットの音楽でも聴きながら、御法門の作成やたまっている事務仕事を片付けようと思います。合掌