正晨寺とは

      遠寿組草創期のご信者

 

大正時代、関東大震災の後、関東から疎開をしてきた本門佛立宗の信徒が中心となって「遠寿組」を結成。陸軍大佐の土屋氏という方の別荘を借り受けて、そこを道場として遠州地方での御弘通が始まりました。

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親会場の御宝前と当時のご信者方

 

その後、菅沼俤介氏の自宅の二階に道場を移し、数年間は沼津聞法寺のご指導を頂きながらのご奉公。しかし御弘通はなかなか発展せず、信徒一同は自分達の拠点を持つことを決定。中区東伊場の土地を購入して、(現在のグランドホテルのある場所)そこに親会場を建立しました。

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初代住職 三浦正傳師

 

 

浜松に親会場が定まったことで御弘通の機運も徐々に高まり、信徒の数も少しずつ増加していきました。それを受けて東京の乗泉寺より初代の御住職として三浦正傳師をお迎えし、親会場の名も遠寿組から「浜松妙証教会」と改めました。

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    三浦御導師と当時の幹部

 

三浦正傳師のご教導のもと教線は拡大を続けていましたが、太平洋戦争は益々激しくなり浜松市内も毎日爆撃があって、信徒も浜松を離れ疎開をする人が増え、親会場の苦難の時代が始まりました。そのような中でさまざまなご心痛も加わって三浦正傳師は急性肺炎となられ、昭和20年5月に帰寂。親会場も空襲により焼失しました。

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第二世住職 西脇日円上人

 

 

 

三浦正傳師の後任として乗泉寺より西脇応悟師が来寺。第二世住職となられ焼け跡からの再建が始まりました。昭和22年に寺号公称の認可をいただき「正晨寺」の寺号を名乗り、翌23年には本堂が建立され盛大な開筵式が奉修されました。

 

 

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 佛立第15世日晨上人をお迎えして盛大な開筵式

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   現在の豊橋豊晨寺

 

いよいよ御弘通も隆盛を極め、教線は浜松だけでなく中遠地方や三河地方にも拡大。特に三河地方には信徒の増加が著しく、昭和24年に豊橋に正晨寺の末寺として新たな寺院建立の悲願をおこし、同24年に本堂の建立に着手。26年には「豊晨寺」の寺号公称を受け、27年には無事に開筵式が奉修されました。

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第三世住職 西脇日俊上人

 

 

日円上人は、昭和43年には豊晨寺の住職を養子の西脇乗俊師(日俊上人)に譲り、正晨寺の発展のためのご奉公に専念。46年には正晨寺を東伊場の地より現在の神田町に移転させるも、それらのご奉公のお疲れからか深い病いにお倒れになられ、48年にご遷化。

後任の住職はしばらく日俊上人が豊橋と兼務されることとなりました。

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昭和50年頃の正晨寺 まだ隣の道が舗装されていません

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現住職 日印上人夫妻

 

 

昭和49年に現住職である丸山乗真師(日印上人)が、日晨上人の命を受け乗泉寺より来寺。多目的に使用できる講堂の建立と駐車場として隣地の購入を果たし、平成23年の1月には新たに静岡市に別院が建立され、現在のご奉公体制が確立しました。

信徒の御利益感得とご先祖の菩提を弔いつつ、地域の為にもなるお寺作りを目指し日々のご奉公に励む毎日です。

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         現在の正晨寺の教講

正晨寺は、どなたにでもお参りしていただけるお寺です。朝の勤行は6時半~8時半(寒参詣・夏期参詣中は6時~8時)。夕方の勤行は16時~17時となっています。悩み事の相談などもお気軽にどうぞ。ありがとうございます。合掌